親子の絆の体裁を取りつつ、人の絆の強さを描く傑作(点数 89点)
(C)2011 PCF STARBUCK LE FILM INC.
今では中年となった主人公のダヴィッドが若かりし頃に、病院に提供した精子によって結果的に500人を超える子供たちの父親になっていたことが後の民事訴訟で明らかになるユーモアたっぷりのカナディアンコメディ。『素晴らしき哉、人生!』、『クリスマスキャロル』のように、主人公がもうひとつの“if”の世界を見つめながら父親としての自覚を持つに至るまでの過程がユーモラスで過去の名作に比肩するだけの風格を保持している。
浅い絆を象徴する遺伝子を提供するだけの親子関係なのに、最も深い絆を描く監督の手腕は見事だ。
親子関係だけではなく、すれ違う人の誰に何の縁があるのか分からない、一見、親の自覚が芽生えるストーリーを措定しつつ、その裏では隣人愛というテーマをマッピングしている。遺伝子だけの関係であるならば、人類はひとりのアフリカ女性から生まれて分岐したそうである。主人公の行動は生物学上の父親であるから親としての自覚が芽生えたとしてあるが、この背後にあるのは人間という社会的な動物は何かしらの関係を他人と共有しているというメタファーである。実際、映画を観て解るのが、主人公の子ども達が実の父親に会う喜びを描きながらも、一方でダヴィッドは弁護士から渡されたプロファイルのみで親子の絆を感じることに血の繋がりだけではない、他者との共感について語られているように思う。この映画を観れば、単に肉親の絆に共感するだけの映画ではないのが解ってくる。
この物語は特殊な父性愛を隣人愛にまで一般化して捉える事が出来るのだ。
映画を観て共感する時、登場人物のごく私的な事情について共感するシチュエーションというのは少ない。ダヴィッドが500人を超える子ども達の父親であることが判明してもそれに共感出来る人はそう多くはいないだろう。それが強く共感出来るポイントは匿名の父親の名を明かすよう身元開示の裁判を起こした子どもたちに、ダヴィッドはきちんと有責感を持つところである。それもたった一枚に纏められたプロファイルに絆を感じる人間性について。
「絆」をテーマにした作品はいくつも有ると思う。とりわけ震災後の日本においてこういったデリケートな問題を扱った作品はいくつか登場してきた。だが、今回、別のアプローチで絆について描かれた作品が、しかもカナダから届いてきたのである。今、一番この映画に強く共感出来るのは3.11を経験してきた私たち日本人なのだと思う。またそう願う。